事例- 企業 自治体
類型-離職防止、地方人材の採用・育成、ワーケーション推進を目的とした企業等
地方進出をきっかけに地域課題に取り組むワーケーションを官民連携で推進
2011 年から働き方改革としてテレワークを社内で推進していた株式会社シーエーシー(本社:東京都、以下CAC)。その後、自社の社員のエンゲージメント向上や、地域課題から新規事業を創出するために、「オープンイノベーション」「ワーケーション」を軸とした協定を長崎市、雲仙市と結び、活動を広げて来ました。
齋藤 学さん
株式会社シーエーシー
経営統括本部 経営企画部
東京都
渡辺 清英さん
長崎市
企画財政部
移住支援室
室長
長崎県長崎市
黒原 廉さん
雲仙市
観光商工部
観光物産課
観光戦略推進班 主査
長崎県雲仙市
地方進出を機に市町と共に「ワーケーション」のトライアルを開始
5つの観点から長崎市への拠点進出
齋藤さん:CACでは、2011年から「いつでもどこでも誰とでも」仕事ができる環境実現のため、在宅勤務などテレワークを中心とした働き方改革や、それに伴うIT基盤の刷新を行って来ました。そして2021年秋に、長崎市、雲仙市へのワーケーションのトライアルを開始しました。きっかけとなったのは、2019年に長崎市へ拠点を設けたことです。当時、企業の人事給与業務の受託事業の国内拠点を全国から探しており、優秀な事務系の人材確保が期待できるという人材面、都市のファシリティ、災害リスクが低いBCPの観点、県や市の補助による立ち上げ時の負担軽減、そして進出後のサポートが期待できる点から長崎市に進出を決めました。
拠点進出から3年で10倍規模に
齋藤さん:進出後も県との接点を維持し、2020年夏に県からの依頼でワーケーションに取り組みたい市町と対話する機会を持ちました。わたしたちも社員のモチベーション、エンゲージメントの向上、企業ブランディング、そして地方での新規事業創出のためにワーケーションを検討していたタイミングでした。ここで、熱心にお話をいただいた雲仙市、そして進出先の長崎市と具体的な話に進みました。
長崎拠点は、2019年の進出時に10名の現地採用からはじめ、その後順調に顧客と採用人数が増え、2020年にはIT系の部署の進出も始まりました。2021年にはテクノロジーショーケース的なラボも開設し、本社のR&D部門から1名派遣しています。現在は100名を超える体制となって当初の目的を達成しており、これは働き方改革だけでなく、地域課題にも目を向けてきた結果だと思っています。
地域課題を担う人材確保の1つの手段がワーケーション
渡辺さん:当時、ワーケーションというのは、コロナ禍で一気に認知度が上がり、急速に広まったので、自治体では実態がうかがい知れないというジレンマがありました。また、長崎市での基幹産業である造船や水産業はこれまで通りの雇用・経済効果を生めなくなっていたことから、新規産業を創出する必要がありました。
黒原さん:雲仙市は最初からワーケーションに取り組もうとしていた訳ではありません。多数の地域課題に対して、ノウハウやマンパワーが不足している状態が続いていて、同時に首都圏の企業では地方での地域課題による事業拡大を求めていることがわかり、ここを持続的に繋げる手段がワーケーションでした。
「MogiNote」でのワーケーション風景
取組内容ワーケーションを手段として 地域内外のチームが一体となって地域課題に取り組む
ワーケーションのトライアルを開始。長崎市、雲仙市と協定を締結
齋藤さん:2020年にまずワーケーションの事前視察を行い、その後2021年11−12月に親会社の社員を含め93名が雲仙市・長崎市をワーケーション・トライアルで訪れました。2021年の夏に雲仙市では土砂崩れがあり観光客の減少という課題があったので、それに貢献するという目的もありました。トライアルでは、概ね通常の勤務と変わらないパフォーマンスを発揮できたことが確認でき、また参加者の9割超がワーケーションに満足し、9割弱の社員のエンゲージメントが向上するというアンケート結果も得られたことから、2022年度も引き続きワーケーションを行っています。
雲仙市や長崎市と連携協定を締結したのは事前視察後の2021年。雲仙市との協定は2つの軸があり、1つは「デジタル化推進」に関するもので、雲仙市に派遣した社員1名は、週に3日は雲仙市役所のデジタル化に取り組みつつ、残り2日でCACの仕事を行っています。もう1つは「ワーケーション、オープンイノベショーションの推進」など観光振興に関するもの。社員がワーケーションに訪れて、地域の企業などから地域課題をヒアリングし、ブレストを実施しています。あわせてワーケーション環境に対するフィードバックなども行っています。長崎市とは、「ワーケーションをはじめとした新しい働き方の推進」と「オープンイノベーションの手法を活用した新規事業の創出」という軸で締結しました。
地域の関係者でチームを形成しオープンイノベーションを推進
渡辺さん:長崎市では、将来的な移住に向けての関係人口の創出・拡大という観点から2021年度に「ワーケーションの受け入れ」を事業化しました。その事業を進めていく際には、CACから企業側の実態や課題などを教えていただきました。その後、ただアドバイスをいただくだけではなく、お互いが動きやすくなるために連携協定を締結しました。
「新規事業創出」については、県、市、地銀、メディア、企業が連携してオープンイノベーション推進を行うための、オープンイノベーション型新規事業創出支援チーム「NAIGAICREW」を発足しました。CACも参画しています。ここには、同じ課題感や考えを持ち、地域資源等で補完関係を築くことができる雲仙市も参加して、支援するプロジェクトに関する打ち合わせを隔週で実施しています。この組織は「長崎における地域課題抽出支援」、「長崎地場企業等とのネットワーク提供支援」、「プロジェクト実証に向けた調整支援」と「プロジェクトの伴走支援」の4つの支援機能を持っています。
地域特有の課題に向き合う
渡辺さん:事業創出事例として代表的に挙げられるものの一つに、「漁業従事者の所得向上のために何ができるか」という課題に対して、首都圏企業の企画により、「魚種日本一」を強みとした魚のサブスクリプションの実証販売を地場スーパーなどとの協業により実践したものがあります。また、長崎市内にある、びわの産地であり、ふぐの養殖も有名な茂木地区では、「一次産業従事者の高齢化」という課題がありますが、地域の活性化を行っているゲストハウスのオーナーを地域への入り口として、ゲストハウスの空きスペースにコワーキングスペース「MogiNote」をつくり、ここをオープンイノベーション拠点とし、こういった地域課題の解決への取り組みを行っています。「MogiNote」のオープン時には東京の企業を中心に約80名が集まりました。
齋藤さん:CACも「MogiNote」に入居しています。「NAIGAICREW」では、まず個人のつながりが出来、そこからその人の所属している企業と何かをやろう!という動きになるので、チームというよりコミュニティのイメージがあります。実際にここで知り合った人や企業と東京で仕事をするなどの動きも出ています。
雲仙市では多様な企業ニーズに応える環境整備を
黒原さん:ワーケーションの視察の際に、CACはじめ首都圏の企業から、「地域の課題にはヒントや可能性が詰まっていて、飛躍していくためのチャンス」という新しい気づきをいただきました。そこで、首都圏の企業と持続可能な関係をつくるためにワーケーションに取り組み、フィードバックをいただいたものは改善しながら環境を整えてきました。そのなかで、「企業が来る理由」として多様なニーズを満たすために「Work」〜「Vacation」という階層の中でどこの層の方が来ても、雲仙らしさが伝えられ、多様な過ごし方の選択肢を提供できる環境整備を目指しています。その1つが廃校を活用したオープンイノベーションの交流拠点「雲仙BASE」の開設です。以前から「雲仙大学」という仮想の大学で、地域課題を地域内外の人とワークをして事業化していくということをしていたので、それが形となりました。
旧雲仙小中学校を交流コミュニティ拠点「雲仙BASE」としてオープン
「雲仙BASE」のビジネスルーム
取り組みの結果企業は地域の、行政は企業の、それぞれの課題・ニーズを知ることで次のステップへ
齋藤さん:まず地方進出の成果として約100名の地域雇用を生み出し、企業として当初の目的であった人事BPOのニアショア拠点は構築できました。次にワーケーションに関しては、取り組み開始から延べ宿泊数が約200泊となりました。親会社を含めて役職者は全員、長崎市と雲仙市に数日滞在したことがある状態となり、両市に対する社内の意識が変わったと思います。社員も全体で現在2割くらいが長崎市・雲仙市でのワーケーションを体験しました。
また2つの市と協定を結びチームとなって活動していることで、地場の企業として認めていただき、信頼度が上がりました。その結果、さまざまなネットワークができ、地域の生の声や課題を知ることができ、その解決に向けた実証実験などを短期間で実現するような環境ができました。これは首都圏にいるだけでは出来なかったことだと実感しています。
渡辺さん:新規事業創出に関しては、長崎の特徴である水産業を生かした実証事業や、茂木地区での取り組みも成果と言えますが、進出した首都圏企業との連携の中で、行政として何をすべきかというのがわかったことも大きな成果です。既にコミュニティはできているので、あとは興味のある企業や人材に長崎に来てもらうハードルをいかに低くするかということを考えながら、今年度は的確な補助制度設計ができたと感じています。サテライトオフィストライアルの補助について、今年度だけで25社に活用いただいているのがその結果だと思います。
黒原さん:雲仙BASEがワーケーションを通じた出会いの場となっています。先日も関東と九州のワーケーションの一環で、グループ企業間での対面ミーティングを実施し、雲仙BASEに約40名がワーケーションに訪れ、教室・体育館・校庭と施設全体を活用いただきました。また、市民も単なる観光客ではない外部の人がいることを受け入れられるように変化してきました。そして、首都圏のワーケーションに興味のある層に、雲仙市の知名度が上がって来ていると実感しています。
エメラルドグリーンの水面、起伏に富んだ山々が生み出す美しいコントラストの雲仙温泉街
今後の展開偶発的な化学反応が起きる環境づくりから持続可能な取り組みへ
齋藤さん:ワーケーションを続けて、社員全員が長崎市・雲仙市に1度は行けるようにしたいと考えています。そしてオープンイノベーション、新規事業の創出を実現した時の体制を整えていきます。また2023年度は社外の企業・人材を長崎に連れていくという活動にも取り組んでいて、長崎での出会いをビジネスにつなげる、という動きをより加速させていきます。
黒原さん:今まであった2つの観光協会を統合して新しく「一般社団法人雲仙観光局」を立ち上げました。ここを中心に、観光物産×一次産業と言う切り口で地域を盛り上げ、地域の事業者と共に利益を出せるような、持続可能な町づくりを目指しています。わたしたち市役所も連携して、これからもさまざまな事例を作っていきます。また、企業が雲仙でワーケーションをしたいと思える環境作りも進めていきます。その際に、行政が全てを行うと対応数に限界が生じるので、来てくれた方との最初の接点という役割を地域の人にも担ってもらい、町の人との繋がりが出来ることによってその後何度も来てもらえるよう、行政が後押しできたらと思います。
渡辺さん:移住も視野に入れた関係人口の創出・拡大のためのワーケーションなので、これからは今あるコミュニティに参加する目的で繰り返し来てもらうことにより、サテライトオフィスの進出、ゆくゆくは事業所開設などにつながれば、と考えています。また現在来ていただく企業は増加していますが、限られた人員で対応しているのが現状で、属人的な部分を組織に落としていく体制作りが必要だとも考えています。企業に来ていただき地域と繋がった後に、行政との連携が生まれる場合もありますが、現状、様々なハードルもあり取り組みが進めにくい面があるのも事実です。これからは企業側を受け入れる持続可能な体制づくりと、取り組みを進めやすくするようなプロセスや制度の見直しなど見えてきた課題を解消しながら共創を推進していきます。
CONTENTS
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事例企業官民が一体となり目指す「起業成功率ナンバーワンの島」
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事例企業キーワードは「防災・減災」 技術を活かし地域の課題解決に向けて協働
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事例企業地方の人材を掘り起こし 地域に生かす