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特区対談#05

”公設民営学校”水都国際中学校・高等学校の挑戦
大阪市「公立国際教育学校等管理事業」の取組

一方的な講義スタイルから、反転授業や英語を軸としたグローバル教育など、社会が変容する中で教育のあり方にも変化が求められています。
教育機会を提供していく上で、学校の運営主体が公立か私立かで、その教育方針やカリキュラムの構成は大きく変化します。そうしたなか、私立と公立の要素をあわせもった学校が大阪市で設立されています。
今回は、国家戦略特区制度を活用し、初の公設民営学校(公立学校を民間事業者が委託運営する)を設立した大阪市と、同校を運営する民間事業者それぞれから、これまでの取り組みや設立までの課題、今後の展開についてお話をうかがいました。



【対談者プロフィール】



まったく新しいプロジェクトとして始まった公設民営学校

──本日はどうぞよろしくお願いいたします。「公設民営学校」は、その言葉通り、公(地方自治体)が学校を設置し、民間事業者が運営する形態です。現在の日本の学校でこの運営形態が導入されているのは、非常に珍しいケースですよね。まずは、水都国際中学校・高校がどのような学校なのかをおうかがいしたいと思います。

─Botting氏
本校は公設民営の中高一貫校です。本校は大阪市が設置し、英語教育や青少年の育成事業に長い実績を持つ学校法人大阪YMCAが指定管理法人として運営しています。
開校は2019年4月です。中学生は大阪市内、高校生は府内全域から通学しています。2024年には中高併せて全生徒720名が本校で学ぶことになります。本校の掲げている理念は「生徒の主体性、21世紀型スキルを身に着けること、市民としての行動意識、国際マインドの育成、日英バイリンガルスキルの育成」です。
勤務する教員の6割は日本人、4割は外国人教員です。教員の多くはJICAを始めとする民間団体等や公立・私立の学校での勤務経験を積んでいるほか、博士号など高い学位を取得している教員が多いのも特徴です。
2020年には国際バカロレア(IB)認定校となりました。IB資格取得のプログラムは高校2年・3年次の計2年で実施され、現在は高校2年生の16名が履修しています。その他の生徒はグローバルコミュニケーションコース、グローバスサイエンスコースで学んでいます。
私たちは、日本と世界の教育のベストプラクティスの融合を目指しています。ICT教育環境も整備しており、全生徒がノートパソコンやタブレット端末を利用して学習しています。
公設民営学校として、自分たちの活動をより多くの教育機関にお伝えしていく使命を持って活動しています。

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大阪市立水都国際中学校・高等学校


──いまBotting先生から水都国際中学校・高校の概要についてお話しいただきました。設置主体である大阪市として、この学校の設置を検討され始めた経緯についてもおうかがいしたいと思います。

─大西氏
本校は、国家戦略特区制度を活用して設立されました。設立の背景として、いくつかの当時の状況がありました。まず、大阪市が抱えていた課題として、都市としての競争力を高める必要性があったことが挙げられます。大阪を活性化していくためには、世界から多くの人を呼び込むことが重要です。そのとき、世界中の人をお迎えし、交流していくのは大阪で育った子ども達ですから、その子ども達にグローバルな視点で物事を考え、行動できるようになってほしいという思いがありました。
平成25年には国家戦略特区制度が検討され始め、初期段階で内閣府から提示されたモデルプランの一つに「公立学校運営の民間への開放(公設民営学校の解禁)」が示されていました。加えて、政府から発表された日本再興戦略の中で「一部日本語による国際バカロレアの教育プログラムの開発・導入等を通じ、国際バカロレア認定校等の大幅な増加を目指す」という方針が示されていました。
これらを背景に、大阪市では新しい学校の設立についての検討を始めました。検討を踏まえ、最終的に公立学校ではあるけれども、グローバル人材の育成やIBプログラム取得も目指せるような事業者と連携することの必要性が高いと判断し、公設民営型の学校という方針で取組を進めることといたしました。


──いくつかの背景が組み合わさって新しい学校の設立が目指されてきたというお話でしたが、検討の時点で具体的な事業者の検討はされていたのでしょうか。

─大西氏
内閣府と検討していく中で、本当に設立および運営が可能なのかは重ね重ね協議していました。その際、可能性を探るために複数の民間事業者の方々へヒアリングを行いました。ヒアリングでうかがった内容から、実現可能性について確かな感触があったことも設置の後押しとなりました。


──Botting先生が公設民営学校設立の構想を耳にされた時の正直なご感想はどのようなものだったのでしょうか。

─Botting氏
私は、当時インターナショナルスクールで校長を勤めていた時にこのお話をうかがいました。公設民営という中高一貫校としては日本初の取組を、とてもエキサイティングに感じたのを覚えています。なぜなら、多くのインターナショナルスクールで進められていた教育のノウハウを、公立の学校に活用できると私自身も常々感じていたからです。
大阪YMCAとしても、お話を大阪市からいただいてから検討を始めました。公募申請から学校開始までの期間に、運営内容、運営目標、教育内容などについて検討してきました。
その中で、これまで大阪YMCAが培ってきたグローバル教育や語学教育の方法、青少年の社会教育部門であるウェルネス事業で培ってきたキャンプ活動、グループ活動、社会貢献活動をどのように展開できるかを考えました。

─妹尾氏
今のお話に関して、私から大西さんにお聞きしたいのですが、公設民営学校ではなく、市内に私立の学校やインターナショナルスクールを誘致する方法もあったかと思います。あえて公設民営学校を選ばれたのは、その方法ゆえのメリットがあったからだと思いますが、どのような期待をお持ちだったのでしょうか。

─大西氏
私立の学校を誘致し補助金を出して運営することも、広い意味では公私連携になると考えています。
ただ、私たちがこだわったポイントは「公立学校」という部分なのです。公立で学校を運営するということは、その学校運営の結果の最終的な責任を大阪市が取るということです。そのような考えから、学校設立にあたっては、私たちの思いを民間の事業者に託して運営する方法を選びました。公立学校だからこそ、大阪市として「こういう子どもを育てていきたいんです」と強いメッセージを市民の方々に明確に示すことができるのではないかと考えました。

─妹尾氏
大阪市では、公立学校における民間人校長の登用を積極的に行っているとうかがっていました。そうした選択肢を取らなかったのは、やはり「新しい学校をつくろう」という覚悟、理念の存在が大きかったからなのではないかと思います。
もちろん民間人校長の登用でも一定の効果があると思いますが、校長という役職登用するだけではなく、より根本的な学校改革の一環として、水都国際中学校・高校の設立を考えておられたという理解でよいでしょうか。

─大西氏
仰る通りです。大阪市はこれまでに多くの民間人校長を登用していました。この場合、民間出身者を公立学校に公務員としてお迎えする形式ですので、組織としては公による運営になります。
一方で、水都国際中学校・高校は、運営そのものにも民間のノウハウを活用してもらいたいという思いがありました。組織としてより効果的に学校を運営していただく意味で、ガバナンスやマネジメントの面も含めて民間の知見を活用したかった点も、公設民営を導入する理由として大きかったです。

─Botting氏
ガバナンスやマネジメントの面を含めた学校運営の視点で見てもまったく新しい取組でした。先ほどこの挑戦をエキサイティングに感じたとお話しましたが、一方で少し不安を感じていたのも正直なところありました。
教育を良くしたいという理念はありましたし、大阪YMCAとして学校運営の経験も蓄積し手ごたえを感じていた頃でした。しかしながら、取組がまったく新しいビジネスモデルであり、実際にできるのだろうかという気持ちは、常に私自身にも法人としても持っていました。


公と民とのボーダーライン

──国家戦略特区の枠組みを活用して新しい学校をつくっていこうという判断から、実際に開校にこぎつけるまでに様々な準備や調整が必要だったと思うのですが、大阪市としてどのような対応をされてこられたのでしょうか。

─大西氏
学校の大枠が定まったところで、現地説明会を開催し、興味のある事業者に我々の思いや任せたい学校運営の内容等ついて説明する機会を設けました。営利法人は参画できないルールでしたので、学校法人の方を中心に多くの参加がありました。
その後、平成29年1月に公募を行ったところ、大阪YMCAを含めて4法人から応募がありました。その中から、外部有識者による選定委員会を立ち上げて提案内容について評価・審査をしたところ、大阪YMCAに決定したのが平成29年5月です。
そこから、たった2年で開校を迎えたのですが、私としても、よくこの短期間でできたなと思うくらい公と民とが協働の形でやってきたと思います。今振り返ってみますと、選定の段階から大阪YMCAがこの事業に対してかなりの意気込みを持って臨んでくれていたことが大きかったと思います。それは大阪市だけでなく、内閣府や文部科学省から見てもそうだったようです。

─Botting氏
大阪市から提示された仕様内容を実現するために、大阪YMCAの総力を挙げて準備を始めました。準備を進める過程で常に心がけていたことは、大阪市との密なコミュニケーションです。大阪YMCAのヘッドクオーターにオフィスを設置して、常にこちらの活動を大阪市に共有しながら検討を進めていきました。
市とのやり取りを重ねる一方で、私たち自身にとっても色々な学びがありました。これまで公教育との接点はこれまでそれほど多くありませんでした。そこで、この取組について考えていくにあたって、そもそも「公教育とは何か?」というところから考えることになりました。その過程で、大西さんを始めとする市の皆様や弁護士などの専門家からの助言を仰ぐことも度々ありました。
その次は、施設をどんなものにするか、コース設定をどうするか、といった具体的な中身の議論です。カリキュラムやコースの準備を進めるチームと、施設としての学校をどうしたいか、どのような教材を使用するか、ICTをどのように活用していくかなどのハード面について準備するチームの2つを組織し進めました。
開校準備にあたって大きなチャレンジもありました。そのうちのひとつは教員の採用です。まだ存在していない学校に良い教員を採用するのはとても難しかったです。教員の少なからぬ割合は外国籍の教員であることも、その難しさに拍車をかけるものでした。
二つ目のチャレンジは、まだできていない学校に対し、未来の生徒たちがどのように入学したいと思ってもらえるかという点でした。もちろんそこには生徒だけでなく、家族の意志も関わってきますので、家族の方々への説明についても大変心を砕きました。
三つ目のチャレンジは、IBプログラムの準備です。この資格を満たすためには様々な要件を満たす必要がありましたし、学校の設備面の条件もクリアする必要がありました。
そして最後のチャレンジは、ICTの最大活用です。普通の公立学校のICTのイメージで業者の方々と話をすると、私たちが目指す理念とは異なるものになってしまいます。新しい学校をつくっていく上で必要なICT環境が実現するように業者の方々と協働したことは、非常に大きな挑戦でした。


──国内の様々な学校運営について知見をお持ちの妹尾さんにおうかがいしたいのですが、公設民営学校を運営していく上で、「公」と「民」との役割の線引きをどのように考えればよいのでしょうか。

─妹尾氏
気になったのはパートナーシップの中身です。上下関係ではなく対等な関係で協働することは理念としてはよく謳われますが、中身が伴っていないことも少なくありません。行政側が細かい仕様まで満たすことを要求すると、民間に期待されていた創意工夫や自律性が疎外されてしまいますし、逆に民間に任せっきりにしてしまうと、問題が生じた際に責任問題に発展してしまうこともあります。
両者のパートナーシップを強固にしていくために、同校そして大阪市ではどのような努力をされてきたのでしょうか。

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学校教育に関する研究を行っている妹尾氏は、全国各地の学校を視察しながら、これからの教育のあり方について様々な提言を行っている。


─大西氏
公立学校の運営を民間法人が行うという前例のない取組を進めていく上で一番難しいのは、学校は学校教育法の中で運営されており、公設民営学校という方法がそもそも想定されていない点だと思います。学校教育法では、校長の権限が非常に大きく規定されています。加えて公立学校であることから、公権力の行使という視点も入ってきます。公的な性質の強い校長という役職に民間の方が就くことは、事前にかなり議論になりました。
その他、運営上発生し得る様々なリスクに対しては、事細かに分担を定めています。しかしながら、それは教育内容についてではなく、事故発生時や訴訟時の対応についてです。教育内容、教育活動に関する事柄についてどこまでを民間にお任せするのか、どこまでは公で責任を持つのかといったことについては、海外の取組なども事前に研究してきました。
基本的に教育内容は大阪YMCAに任せるけれども、設置者として公立学校教育のどの部分まで関与しなければならないのかということについては、私たちでしっかりグリップしていくといった認識でした。そこで、公設民営学校条例を策定し、カリキュラム編成については教育委員会で責任を持つが、カリキュラムの枠内でどのように学んでもらうのか、子ども達にどのような知識を身につけてもらうのかは完全に民間に任せるという線引きになっています。
加えて、教科書の採択権も教育委員会に残すようにしました。ICT環境の整備についても同様で、最小限のグリップの中で特色ある教育活動を実施していただけるような線引きになっています。

─妹尾氏
大阪市の関与を残しつつも、大阪YMCAの創意工夫が出せる余地を残せるようにしたのは非常に注目している点です。開校から2年間が経過しようとしていますが、その役割分担によってどのような成果が出ているのか、今後着目していきたいですね。
Botting先生にお聞きしたいのですが、昨今のコロナ禍の影響で子ども達の学びにも少なからぬ影響が出ており、多くの方が心配しています。コロナ禍への対応として、どのような学習環境を提供されてきたのでしょうか。

─Botting氏
今回のような感染症への対応は我々も初めての経験でしたので、教職員、生徒共にまずはこの状況について学ぶところから始めました。その上で、すべての教職員とICT関連のスタッフで、どうすれば学びの機会を継続し、提供できるかについて考え、計画を立てました。
例えば、感染がいったんは沈静化したとしても、登校することに不安を感じる子ども達や家庭もあります。そのような世帯に対しては、いち早く「ハイブリッド教育」を導入し、通学しなくてもオンラインですべての授業に参加できるようにしました。今では、オンライン教育も含めて、何よりも「学びを止めない」姿勢を持ち続けることに学校全体で自信を持てています。
ICT技術を活用することで、継続的な学びの機会を提供できること以外にも、教師と生徒、生徒同士がお互いに繋がれる環境も提供できるというメリットがあります。全国一斉休校措置の中、新年度を迎えたこともあり、お互いに顔を合わせたことのない生徒もたくさんいたのですが、ICTを活用することで繋がりを保つことができたと考えています。

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授業の風景
少人数授業できめ細やかな指導を行っている。


─妹尾氏
文科省の調査で、多くの公立中学校ではコロナ禍において双方向性の学習ができなかったという結果が出ています。民間の学校の効率的な意思決定の強みが、期せずして示されたと思っています。


──学校を設置していく上で、教育の内容について検討を重ねてこられた過程についてご紹介いただきました。一方で、ハードとしての学校のデザインでについてはどのようなご検討をされてきたのでしょうか。

─大西氏
本事業を進めていく上で、大阪市内外への説明や調整は非常に重要な活動でした。例えば、議員の方々への説明も丁寧に行ってきました。その中で、私たちは一貫して公設民営学校の導入による成果が、水都国際中学校・高校以外の学校に通う他の子ども達の学力向上にも繋がると訴えてきました。
そして、地域や関係者とのコンセンサスを築いていくなかで、ハード面の検討に入りました。学校の設立には大きな予算編成が必要ですので、市長部局と様々な場で折衝を行い、事業費の妥当性について検討しました。
本校は廃校予定の小学校校地を利活用し、改築・増築をするもので、学校建設に当たっては建設部局である都市整備局との連携が必要でした。初の公設民営学校の設置のため、設計段階から民間事業者の意見を参考にするようにという市長の意向もあり、大阪YMCAとは綿密なやり取りを重ねてきました。
大阪市の教育目標を達成するために、大阪YMCAと共にどのように取り組んでいくのか、教育委員会、都市整備局も一緒になって考えました。それこそコンセントの位置一つひとつにまで意見を交わしたほどです。ICTを活用することもあり、これまでの学校の電気設備の配置とは異なる設計が求められます。


学校を支える先生の熱意

──学校が開校するまでの期間についてお話をうかがってきましたが、ここからは開校後についてもお聞きしたいと思います。準備段階と開校後でギャップがあったことはありましたか。

─Botting氏
民間組織として優先したい事項と、公立学校として求められるものの優先順位を融合させなければならない点がまず挙げられると思います。
公教育ではたくさんの「べき」があります。一つひとつに対して本当に必要なのかという問いかけ、これは変えられるのではないかという問いかけを、常に持って学校運営を行っています。カリキュラムやコース設定等のアカデミックな部分に関しては、文部科学省がガイドラインを定めているのでそれに準拠して実施しており、特にギャップは感じていません。
一方でギャップを感じるとすれば、人材の部分でしょうか。特に本校が目指すグローバル人材の教育のために、様々な海外人材の採用が必要ですが、そもそも諸外国と日本では学校年度(日本は4月から新学期が始まる一方で、海外では9月開始が一般的)が違うため、採用時期にズレが生じてしまうことに非常に苦労しています。
加えて、日本人教職員と外国人教職員の待遇の調整が難しかったです。特に、コロナ禍による影響で、家族と離れて日本に赴任してきている外国人教職員は家族と会うことができないなど不安が募りやすい環境にあります。家族帯同で赴任している場合でも、日本の生活に対する不安はどうしても出てきます。
民間の良いところは、教職員の負担を軽減できる工夫ができることです。教職員は定時には極力退勤できるようにし、家族との時間を確保できるように努めています。ホームルームは「チーム担任制」で対応することで、一人の教職員に負担が集中しない運営を心がけています。チームとして学校運営に貢献しつつ、国籍に関係なく同じように責任を分担するためにどうすればよいか、日々試行錯誤しながら課題解決に向けて取り組んでいます。

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水都国際中学校・高校では多くの外国人教員が教鞭を執っているのも特徴で、生徒と外国人教師とのやりとりは英語で行われている。


─大西氏
今Botting先生から人材採用の難しさを語っていただきましたが、この外国人教職員の採用は本校の運営上の特徴の一つと考えています。原則から言えば、一般の公立学校でも外国人教職員の雇用は可能です。しかし、教職員をマネジメントする管理職にあたる教職員は、基本的に日本人に限られているのが実情です。したがって、本校のように、半数近い教職員が外国人のような学校を設置する場合、学校運営のマネジメントに関する民間のノウハウ、知恵が活きてくるだろうと当初から考えていました。
したがって、教員の数は学校教育法上必要な配置を守ってもらいつつ、それ以外の部分では、管理代行料の中で法人の裁量で自由に人件費等を差配できる形式にしています。教育方針に見合った柔軟な人材配置を認められるような線引きにしています。


──水都国際中学校・高校のように、多様な教職員が勤務する学校のマネジメントのポイントとして、どのようなものがあるのでしょうか。

─妹尾氏
一つは教職員の職務定義が挙げられます。欧米で働く教職員は、ジョブ型雇用のような明確な役割定義の中で働くことが多いです。一方、日本の教職員は校務分掌(校内の事務分担等)は定められているものの、比較的曖昧な役割の中で一人の教職員が様々な業務を担うことが多いです。水都国際中学校・高校では、こうした雇用慣習や文化が異なる人材が混ざりあう職場になっていますので、マネジメントの難易度は高いと思いますが、今後の取組も注目していきたいです。
なお、日本の学校でも働き方改革が求められており、教職員の役割も変わりつつあります。Botting先生が仰るとおり、これまで公教育の現場で行われてきたことに対して「本当に必要なことなのか?」という問いを持ちながら運営していくことはとても重要です。
加えて、公設民営学校のメリットとして、公立学校と比較して給与面で教職員に報いることができるところもあると思いますが、そこはいかがでしょうか。

─大西氏
現行の公務員制度では、採用からの勤続年数に応じて給与水準が定められており、能力で給与のメリハリをつけるのは難しいともいえます。一方で、公設民営学校の場合、人事制度の設計も民間事業者の裁量に委ねられているので、能力の高い教員に高い給与水準を提示することは可能です。

─Botting氏
能力のある教職員に対して、高い給与で報いることは当然だと考えています。外国人教職員の給与は、国家戦略特区に関する法令等の趣旨を踏まえて、法人内で給与体系を策定しました。
グローバルに活躍する教員は、他のインターナショナルスクールで働く機会もあります。そうした学校が示す待遇とこちらが示す待遇に差があれば、他校で教鞭をとることを選ぶのも無理のないことです。そうならないように、私たちもできるだけ良い条件で彼らを迎えられるように努力しています。
ただ、一つだけ申し上げたいのは、多くの外国人教職員は日本で教えることにとても魅力を感じていることも事実です。中国やサウジアラビアなどの学校では、非常に好待遇で優秀な教職員を集めようとしています。ただし、そうした国を差し置いても日本で働きたいと希望している先生もおり、そうした先生方に本校に来ていただいています。
世界中の国々から集まった先生に来ていただくことで、本校で多様な学びの機会を提供することが可能になっています。もちろん、日本人の教職員も豊富な海外経験と知識を兼ね備えた先生がたくさんいます。彼らに対しても、適切な水準の給与を提供することも重要だと考えています。
私としては、学校の多様性を作っていくために、教員同士が彼ら自身の多様性を認め合うカルチャーを醸成することに注力しているところです。

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理科室の一角では、宇宙植物学についての実験が行われていた。


──たしかに、グローバルな視点で見たときに、諸外国と優秀な教職員が取り合いになってしまうのは大いにあり得ることですね。公設民営学校だからこそ、そういった場面でしっかり交渉できるということなのですね。
多様な先生方がいらっしゃる水都国際中学校・高校の授業は、きっととても面白い授業だと思うのですが、実際どのような授業が提供されているのでしょうか。

─Botting氏
特徴的ないろいろな授業が実際に提供されています。そのうちの一つだけを挙げるのは難しいですが、あえて紹介するとすれば、宇宙植物学というプログラムで、NASAとの共同研究機関と連携している授業があります。この授業では、研究者と一緒にやりとりしながら、生徒がリアルな世界との繋がりを作っていくことを目的として授業を行っています。テキストだけにこだわるのではなく、実社会に開いていくような実践的な活動を展開しています。


子どもがつくる大阪の未来

──私が中学生だったらぜひ受けてみたい授業です。さて、最後に水都国際中学校・高校、そしてそこで学ぶ子ども達の未来についてのお考えをお聞かせください。

─Botting氏
本校の生徒たちには、地域社会に貢献し幸せな生活を送ってほしいと思っています。彼ら自身が幸せを感じられるなら、私生活でも仕事においても成功を収められるでしょう。彼らが仕事やボランティア活動を通じて、地域社会に積極的に貢献できるような人間になれば、地域社会も日本も世界もより良い場所になるはずだと考えています。社会に積極的に貢献できる幸福感あふれる子どもを育てるのが私たちの使命だと考えています。
加えて、もう少し私自身の意見を述べさせていただくとすれば、「水都国際中学校・高校がどのような子どもを育てていきたいか」という問いそのものに注目する必要があると考えています。この問いにはいくつかの前提があるように思えます。
一つは「学校が進路や将来に焦点を置いたものでなければならない」という前提です。学校が子どもの将来や進路に過度に注目してしまうと、彼らがまさに今経験できるかもしれない多くの経験や活動を見逃してしまうことがあります。もちろん、彼らの将来に目を向けることも大事です。しかし、彼らが楽しく健全な学校生活を送ることへの配慮が、何年も後回しにされてしまう危険性もあると思っています。
もう一つの前提は、「インプット・アウトプット・クオリティコントロール・マスプロダクション」という画一的なモデルの概念です。今までの伝統的な教育、画一的なモデルを一般の大衆教育に適用する形式の教育は、知識重視型、テストスコア重視型、管理教育へ力点を置きがちです。そのような環境では、生徒自身が学校で過ごしづらくなる教育が行われる可能性がどうしても高くなってしまいます。
彼らの将来を見据えながらも、学校生活の質を重視して教職員が子ども達に接するとき、子ども達の学校生活は質の高く調和のとれたものになるのではないかと思っています。
より高いレベルを達成することへの意識と他者への思いやりを持ちながら、すぐれた教職員のサポートを受けて育った子ども達は、将来どのような問題も克服し、どのような目標も実現するような個人に成長していくでしょう。このような考え方は新しいものではありません。国内の私立のインターナショナルスクールなどでは既に実施されているものです。本校では、こうした教育を公教育の中に取り入れていくことが今後の課題だと考えています。

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廊下や教室のあちらこちらで、生徒達が調べたり研究したりした成果が掲示されていた。


─大西氏
大阪市が民間事業者に運営を任せてはいるものの、公立学校という形にこだわったのは、公立学校であれば、どのような子どもにも良い学びの機会を提供できるからです。これまで、IBプログラムやグローバルに活躍できる人材を育てる教育環境の提供は、どうしても私立の学校しかできませんでした。
私たちは、いわゆる普通の小学校で普通に勉強してきた子ども達が、こうした学校で勉強できる、そういう社会、教育の場をつくりたいと思っており、それが私たちの最大のミッションでした。
実際、大阪YMCAとタッグを組み運営していく中で、公設民営学校のプラス・マイナス面のどちらも見えてきましたが、確実に言えることは、公務員の運営では絶対にできなかったことが実現できたということです。加えて、民間の発想だからこそ可能な学校運営をしていただいていると日々感じています。
この取組の成果は今後明らかになっていくと思いますが、こうした環境づくりを、国家戦略特区を活用しなくてもできるようになれば、今後の日本の教育も変わっていくのではないかという期待を持っています。
それぞれの地域で育てていきたい人材像を掲げ、そうした子ども達を育てていけるような学校を立ち上げられるようになれば、日本の公教育はより良いものになっていくのではないでしょうか。

─妹尾氏
今日のやり取りは、大阪市全域、そして大阪市以外の地域にとっても大変示唆のある内容だったと感じています。Botting先生がお話いただいた通り、学校や公教育が目指すことを改めて考え直すことは非常に重要だと思います。
良い大学に合格することや良い企業に就職するといった将来の目標を達成するために、今を我慢させる考え方が根強いのも事実です。もちろん、今までの方法論に良かった点もありますが、一方で課題も多くあります。良い意味で批判的に考えていくことが重要だと捉えています。
もう一つ大事なことは「多様性」についての考え方です。大西さんが仰るとおり、一部の子ども達だけでなく、家庭環境が厳しい子ども達も含め、より多くの子ども達に、このような学びの環境を提供することはとても意味のあることです。そのためには、水都国際中学校・高校が多様なプログラムや教職員を備えていることももちろん大事なことですし、同校以外の学校でも多様性を高めていくような取組が大事ですよね。
現行制度では、公立中学校の場合には、自分の進む学校を選ぶことが難しい状況にありますが、水都国際中学校・高校のような学校が選択肢としてある、さらにそうした学校がより増えていくことによって、子どもにとって最良な選択肢が増えていくことを期待したいです。


──ありがとうございました。

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