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特区対談#01

中山間地域におけるオンライン服薬指導 養父市の挑戦

兵庫県養父市では、国家戦略特区の制度を活用しながら、様々な事業に取り組んでいます。
今回は、それらの取り組みの中でも、平成30年6月に認定された「オンライン服薬指導」の事業に関わってこられた養父市のご担当者、
実際に服薬指導に取り組まれている調剤薬局の管理薬剤師の方に事業の来し方行く末について語っていただきました。
座談会には、オンライン服薬指導で活用しているシステムを利用し、遠隔医療の知見の豊富なアイリス株式会社・加藤浩晃氏にも
東京からご参加いただき、オンライン服薬指導の可能性についてコメントをいただきました。




養父市・阪神調剤薬局八鹿店の取り組み

──さて、本日の座談会は、川瀬先生の勤めておられる阪神調剤薬局八鹿支店で開催させていただいています。こちらの業務についてご紹介いただけますか?

─川瀬氏
外を見ていただければわかりますが、この薬局は公立八鹿病院のすぐ近くで操業しています。そういう位置関係ですので、八鹿病院の処方箋を取り扱うことが多いです。ひと月で約1200枚の処方箋を取り扱っていますが、そのうち95%くらいが八鹿病院で処方された処方箋です。残りの5%が近隣の医院さんから。こうした処方箋の対応を、私を含め3人の薬剤師で従事しています。
この薬局の他にも、八鹿病院の周りに3軒の薬局があります。その中でも「地域No. 1を目指そう」会社としても「地域に信頼される薬局になろう」ということで、来店される方々と丁寧にコミュニケーションを取ることを心がけています。私はこの辺りで生まれ育ったので、顔見知りや昔からのお客さんも来られます。そういった方々の、病気ではないけれども気になること、睡眠や食事、運動などの相談にも乗ることはよくあるんです。

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阪神調剤薬局八鹿店
お店が開いている間はお客様を優先したいという
川瀬氏からのリクエストで、座談会は夜間の開催となった。


──八鹿という地域で生まれ育って、その土地の薬剤師として日々業務をされている中で、地域の変化をどのように実感されていますか。

─川瀬氏
他の地域でも同様だとは思いますが、やはり地域住民が「高齢化」していると感じています。
昔は元気だった患者さんが、病院に一人で行けない、お薬を取りに来られないということも増えています。また、ご本人の代わりにヘルパーさんが来店されたり、介護タクシーを使われたりというケースも増えてきました。


人口減少、高齢化、産業衰退。厳しい現実への打開策としての戦略特区の活用

──川瀬さんから「高齢化」というキーワードをご指摘いただきました。地域で国家戦略特区の制度を活用する背景には、その地域が抱えている課題が関係していることが多いと思います。養父市の特区推進の背景について、大門さんはいかがお考えでしょうか?

─大門氏
少子高齢化、そして人口減少は全国的な問題ですが、中山間地に位置し農村の伝統文化を礎にしている養父市では、それらの問題から生じる農業離れが深刻化し農地が守れなくなりつつあります。
新たな農業の担い手を獲得するためには、今の時代に適さなくなった規制を緩和すべきなのではないか、という考えが特区制度に提案した理由です。
農業関連で成果を挙げている取り組みの一つに、農業生産法人の要件緩和があります。この取り組みは、農業生産法人の役員の人数ですとか、出資比率というのを、企業の参入がしやすいように緩和することで、地域の農業振興を図るというものです。国家戦略特区における養父市の成果も踏まえ、農地法が改正されて全国に同様の取り組みが広がることにつながったと聞いています。

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養父市の国家戦略特区制度を活用した取り組みについてについて説明する大門氏。


──なるほど、特区を活用した取り組みは農業分野から始まったというわけですね。それでは、今回のオンライン服薬指導のような医療関係の取り組みはどのような経緯があったのでしょうか?

─大門氏
2015年に内閣府が「近未来技術実証特区におけるプロジェクト」を掲げて、自動飛行・自動運転・遠隔医療・遠隔教育の4つのテーマで全国の自治体や民間事業者からの提案を募るということがありました。
先ほど川瀬さんも仰ってましたが、養父市は高齢化の進んだ中山間地域ですので、遠隔医療の必要性は今後高まっていくだろうと考えていました。また当時から、養父市は三井物産株式会社から人材を受け入れており、同社から1名が養父市に出向していました。
そうしたご縁もあり、養父市と三井物産の共同でプロジェクト提案を行い、採択いただいたというのがきっかけです。
ちなみにその際、オンライン服薬指導とセットで、ドローンによる薬の宅配も提案していたのですが、まずはオンライン服薬指導の環境整備に注力してきました。オンライン服薬指導は、当市でも少しずつ利用が増えてきていますが、薬機法(旧・薬事法)の改正で全国展開のめどがついてきました。一歩一歩、少しずつですが進んできているというのが実感ですね。


──「遠隔×医療」というカテゴリーの取り組みは全国的に見るとどのような状況にあるのでしょうか?

─加藤氏
オンライン診療に関しては、2018年の診療報酬改定で、オンライン診療が健康保険の適用範囲内になったことで、全国レベルで取り組みが始まっています。オンライン服薬指導の取り組みも、養父市と同様に国家戦略特区の取組として、愛知県や福岡市でも進められています。
ただ、保険での算定要件が厳しいため、オンライン診療に取り組んでいるのは約1,000クリニックくらいと、まだまだ少ないのが現状です。
とはいえ、病院に行きづらい地域で生活しておられる方もたくさんおられますし、新型コロナウィルスなどの影響もあり、在宅でのサービス利用に関心を持つ人も増えてきましたので、そうした社会状況の変化からサービス利用が後押しされていると感じます。
今後ますます、オンライン診療やオンライン服薬指導の必要性は高まっていくのではないでしょうか。

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東京にあるアイリス社のオフィスからオンライン服薬指導で使用する
テレビ電話システムを利用して参加いただいた加藤氏


オンライン服薬指導を実現するための要は実は医師。
実現のために働きかけなければならないプレーヤーを見極め、アプローチを重ねる。

──医療に関する取り組みで新たなチャレンジをしてみようという判断と前後して、実現のための準備や調整といった活動はどのように始まったのでしょうか?

─大門氏
オンライン服薬指導をするためには、オンライン診療を受けた患者さんしか対象になりませんが、当時市内にはオンライン診療をされているお医者さんはおらず、まずはオンライン診療をしていただけるお医者さんを探すところから始まりました。そのため、医師会に養父市の想いや考えを聞いていただき、その上で時間をかけて一軒一軒お医者さんを回りました。
オンライン診療に対するお医者さんの考え方も様々で、当初は説明が十分できずお叱りをいただく時もありましたし、「面白いと思うんだけど、この地域ではどうかな……」という意見もいただきました。
そんな中で「ちょっと時代を先取りしているような気がするけれども、例えば高速道路に乗るときに利用するETCも、今では当たり前に使われているように、やがてオンライン診療も社会に溶け込んでいくことになるでしょうね」と言ってくださった地元の先生が見つかりました。その先生に何度も足を運んで説明して、やっとオンライン診療を行えるようになりました。


──新しい取り組みを始めるときには、関わっていただく方への丁寧な説明と協力が不可欠ということですね。協力いただける医師の方を見つけた後に、ようやく調剤薬局の方々へも働きかけが可能になったということでしょうか。

─大門氏
はい、調剤薬局さんにも一軒一軒お訪ねし、市の想いや想定する仕組みをお伝えし、いくつかの調剤薬局さんが協力しても良いよ、ということでオンライン服薬指導の取り組みが始まりました。


「本当にそんなことできるのか?」から始まった現場への導入

──阪神調剤薬局はオンライン服薬指導に手を挙げられた調剤薬局のうちのひとつというお話でしたが、現場の目線で、この取り組みを始めると聞いたときに、どのようにお感じになられましたか?

─川瀬氏
本当にそんなことができるのかな、という気持ちは確かにありました。ただ、市の担当の方の話を聞いたり、地域の協議会での懇談会があったりして話をする中で、やってみようという思いが強くなりました。
先ほども話しましたが、この地域の高齢化が進むほど、薬局に薬を取りにくるのが難しくなる人が増えていくのは目に見えています。それに、ここは薬剤師が少ない地域でもありますので、在宅で服薬指導するとなると、薬局を空けることになってしまうかもしれない。けれどもオンライン服薬指導ということになれば薬局にいるまま対応できますよね。

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オンライン服薬指導は主に調剤室スペースで行われる。照明の当たり具合や
ノイズなどの少ない場所を試行錯誤してこの場所に落ち着いたという。


─川瀬氏
会社としても、養父市が特区制度を活用してやるということであれば、当社が兵庫県発祥の会社ということもあり、ぜひやっていこうということになりました。
私自身も、長くこの土地で薬剤師として働いていますので、何らかの形で地域に貢献したいという気持ちがあります。その意味で、オンライン服薬指導に挑戦することが、養父市の方のためになるのではないかと思っています。この取り組みが今後どうなっていくか、という部分も自分で見届けることもできますよね。
やった結果どうだったのか、良い面悪い面も含めて、他の薬剤師の方に伝えることができるかなという思いもありました。


──不安もあったけれど、挑戦してみたい、地域に何か貢献できるのではないか、というお気持ちがあったわけですね。こういったお気持ちで参加いただいている方がいたのは養父市にとっても心強かったのではないでしょうか?

─大門氏
この事業に取り組んでいただいている薬局の方がどのような気持ちでご参加いただいているのか、実はとても気になっていたんです。
川瀬先生からそこのところを今うかがうことができて、正直安心したというか、とても嬉しいですね。


新しい取り組みを現場に導入するための行政からのサポート

──一方で、業務の中に、オンライン服薬指導の取り組みを導入することになると、新しい業務オペレーションに対応する必要が出てきますよね。薬局の業務でこれまでにICTを活用した取り組みはあったのでしょうか。

─川瀬氏
処方箋のデータ管理などは全て薬局内で完結していますし、特にICTを活用して業務を進めていく、ということはなかったです。
そこで、まずは養父市の薬剤師会や近隣の他の薬局の薬剤師さんと情報交換をしたり、養父市から提供されたシステムを実際に触ってみたりするところから始めました。

─大門氏
準備の段階では薬剤師さんや患者さんに対し、システムの操作方法の説明や練習のお相手をしました。また、患者さんのご希望により本番に立会い、操作の見守りやサポートをさせて頂くこともありましたね。

─川瀬氏
それらも含め、多くのことを養父市からサポートしていただいたので、我々としては必要な書類を揃えるくらいの程度で済んで、負担が少なく取り掛かりやすかったですね。

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オンライン服薬指導に使う端末を前に話す川瀬氏と大門氏。今は端末を扱う手つきも慣れたものだ。


ちょっとしたことでも聞いてみる。中央省庁との密なコミュニケーション

──養父市の役割として、医師、薬剤師、市民といった、地域の方々との調整を担う一方で、内閣府などの中央省庁との折衝を行っていたのでしょうか?

─大門氏
そうですね。法律(国家戦略特別区域法)が整備された時点で、特区案件として推進するための実施要件などについて、常に内閣府さんとコミュニケーションを取りながら進めていました。一方で、厚生労働省の省令などを照会して、オンライン服薬指導のためのシステムを作り込んでいく場面では、直接、薬局関連の事業を管轄している厚生労働省医薬・生活衛生局ですとか、健康保険を担当している部局に、照会をかけたり説明を受けたりするということもしていましたね。


──地域で新しい取り組みを進めていく際、地域の中だけでは判断が難しい、あるいは判断するための根拠や材料が少ないこともあると思うのですが、そういうときに中央省庁にどのようにアプローチすればよいのでしょうか?

─加藤氏
自分が中央省庁にいた経験からですが、たとえたった一つの通知や質問であっても、地域でわからないという問い合わせがあれば対応していました。
よく「地域のこんなことを中央省庁の人に聞いてもいいのだろうか……」ですとか「ある程度自分達の中で話をまとめてから話を聞きに行った方がいいのかな」と、考える方も多くいらっしゃいますが、そこまでハードルを高くする必要はありません。
「ここはどうなっているのかな」というところを聞いていただければ大丈夫ですし、地域をより良くしようとする取り組みに関して、応援したいと考えています。

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オンライン服薬指導で利用しているシステム画面を通じて加藤氏とコミュニケーションを取る。
リモートでの対話が普通になれば、地方自治体と中央官庁の連携もより深まっていくのかもしれない


──実際に事業が始まるまでに、様々な関係者との調整やサポートがあったことがよくわかりました。いよいよ事業開始、ということになって、現場として印象に残っていることはありますか?

─川瀬氏
そうですね……。
スマホは普段使っていますが、テレビ電話で会話することはあまりなかったので、どんな感じになるのか最初は不安でした。でも、実際に使ってみると、普通に患者さんの顔も見えるし声も聞こえます。意外と普段の接客と変わらないと感じました。
薬局だと、次の患者さんがいるから早く渡さなきゃという気持ちになり、少ししかコミュニケーションできない時もあったんですけど、オンラインだとゆっくり落ち着いてお話ができます。

それと、患者さんのテレビ電話の背景に映る生活や日々の様子がわかるのは良かったですね。患者さんの様子をもっと把握するために、なんならカメラを動かしてちょっと他の場所を見せてくださいとか、以前処方した薬の残り具合を直接見せてくださいといったことも言えるのは、相手が在宅だからこそできるやり取りなのかな、と思っています。

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画面越しに、加藤氏とコミュニケーションを取っている川瀬氏。
その表情はリラックスしており、とても自然な印象を受ける。


──オンライン服薬指導が普段の指導と同様に行えるだけでなく、遠隔ならではのメリットもあったという事なんですね。

─川瀬氏
そうですね。

─加藤氏
今の川瀬さんのご指摘は、オンライン診療のシーンでもよく指摘されるところですね。
病院は、ちょっと堅苦しいイメージだけど、オンライン診療だとリラックスできる。特に小児科の診療などでは、家の方がリラックスして受けられるというのがよく聞きますね。
医師の側も、「普段はこういう顔をしているんだな」ということもわかります。そうしたノンバーバル(非言語的)な情報を得られるのがオンライン診療や服薬指導のメリットの一つなのではないかと思います。


養父市にも全国にも貢献できる取り組みを続けていきたい

──養父市のオンライン服薬指導の過去と現在について話していただいたわけですが、最後に今後の展望についてうかがってもよろしいでしょうか。

─川瀬氏
今は機器の扱いに慣れていない高齢者の方も多いと思いますが、それよりも下の世代は、スマホの取り扱いも慣れていますよね。そういった方々がこれから高齢者になっていくので、テレビ電話を使ったコミュニケーションになっても特に困る方も少なくなってくるはずです。今はまだ過渡期の段階かなと思っています。
薬剤師に限らず、医師や介護に携わる人があまり多くない地域ですので、こうした取り組みを通じて、地域の医療資源を有効に活用していきたいですね。

─大門氏
最近では、オンライン服薬指導の実施をご検討されている他の自治体さんもいらっしゃるように聞いています。
そうした自治体と養父市とで情報交換をしていく中で、オンライン服薬指導の導入に迷われている自治体さんが「自分たちの自治体でもできるのではないか」と感じてもらえれば、少しずつ仲間が増えていくと思っています。
ただ、この取り組みを実施したからといって、地域が抱える全ての問題が解決できるわけではありません。
様々な地域での経験と課題を共有しながら、痒いところに手が届くような、本当に使いやすい仕組みとなるよう、その為に必要な規制緩和を進めていきたいですね。そして全国の皆さんにご利用いただけるような形になって浸透していくことを期待しています。
その一つとして、養父市では、判定キットを使ったインフルエンザの罹患判定から、服薬指導・抗インフルエンザウイルス薬の処方までをすべて遠隔で完結させることを可能にするための、新たな規制緩和の提案も行っているところです。

─加藤氏
今日の話の中で、「高齢化」というキーワードが出てきましたが、私は高齢化は悪いことではないと思っています。高齢化はあくまで事実であり、良い・悪いという価値判断とは別のものです。高齢者が楽しく暮らせるような社会が実現するのであれば、高齢化だって素晴らしいことになりうるわけです。
今、日常の中に少しずつ医療が入ってきています。その流れの中で、オンライン診療・オンライン服薬指導も浸透していくだろうと考えています。
遠隔医療が生活で使われることになれば、何が変わるか。例えば、「かかりつけ医」という存在がもっと身近になる可能性があります。かかりつけ医さんがいたとしても、別のお医者さんに診察に行くと、きまって「今日はどうしましたか」と聞かれる。そうではなく、普段の体調や健康状態を知っているからこその「かかりつけ医」だと思うんです。
診察しに行った段階で、「今日あなたが来たのはこういう理由ですよね」とお医者さんに言ってもらえるような世の中が来たらいいですよね。そうした日常のシーンを実現するためのキーは、やはりオンライン診療だと思います。
高齢者の方にとって、病院に行くことが日常生活の中で大変なことになるのではなく、オンライン診療などによって、医療がもっと日常に入り込むことで、それまで通院や薬局までの移動に費やしていた時間を、他の活動に充てることができる、そんな生活を実現するために必要なものが、私が期待する医療の未来です。


──ありがとうございました。

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