「自分の田んぼでつくった新米を食べてみたい!」
漫画編集者の地方移住への挑戦
移住のきっかけは?
職場での異動と仕事環境の変化に際して、「このまま東京で会社員として働いていくのか」と疑問を持ったのがきっかけです。漫画編集者として自分の全精力を捧げていた漫画雑誌の休刊が決まり、燃え尽き症候群のようになりました。希望に沿わない部署に配属になり、繰り返し異動を願い出ましたが認められず、会社員の不自由さ、立場の弱さのようなものを痛感しました。その頃から、会社に所属しないで自分のしたい仕事がしたい、生き方をしたい、と模索する中で、「ダウンシフト」という生き方に惹かれ、地方移住に興味を持ち始めました。
ダウンシフトとは端的に言うと、「地方移住と食料自給をベースに生活コストを下げ、少ない稼ぎでもしたいことをしてのんびり生きる」というスタイルです。「これなら会社を辞めても生きていけるかもしれない」と思いました。それからは都内で会社員を続けながら、近郊の田んぼ体験に通うなどして田舎の魅力を肌で感じ、およそ1年半後の2016年に会社を辞めて、移住を決意しました。
移住にあたって大変だったことは何でしょうか
移住先での家探しが最も難航しました。当初の計画では、生活コストを下げるために放置されている空き家を探して住むつもりでした。しかし、私が探していた地域の空き家のほとんどは言わば「ゴミ屋敷」のようなところでした。お金がかかりそうな修繕が必須で、すぐに住めるような状態ではありませんでした。当時住んでいた東京のマンションの解約日が迫っていましたが移住希望先の空き家が見つからない。結局、知人が所有する古民家に、夫婦で間借りするかたちで移住生活がスタートしました。
しかし、夫婦共に都会で生まれ渋谷で生活していた“都会っ子”の私たちには古民家での暮らしはかなりハードなものでした。まず、ゴキブリをはじめ虫がとにかく多かったこと。湿気がすごくて食べ物や衣類やなんかも放っておくとカビてしまう。シャワーがない、クーラーもないetc…。ちょうどその時期に、妻が体調を崩したこともあり、最初の移住から約1ヶ月半後、慣れ親しんだ都会生活と田舎暮らしが両立できる別の場所に再移住をしました。
移住して良かったなあと思えることはどんなことでしょうか?
再移住先でも、田んぼや畑を気軽に借りられたので、当初の目的であった食料自給を進められていることがとても嬉しいです。米は無農薬で、夫婦で1年食べていけるだけの量が自給できています。あとは、東京にいた頃と比べ、家賃が半分でも家の広さは倍になりました。東京よりベースの生活コストが下がったことで、お金に対するプレッシャーが減りました。移住先は都会と田舎の“いいとこどり”ができる場所なので両方にバランスよくアクセスできます。そういった「自分たちが生活に求めるものは何か?」ということも最初に移住した時よりはっきりしました。また、都会では知り合う機会のなかった職種、特に農業関係の方々との交友関係が広がり、新たな世界が開けたような気がします。都会のように人が多くはないので、コロナ禍にあってもあまり神経質にならずに生活できている気がします。
移住前と後とでは、考え方や価値観に変化はありましたか?
都会にいた頃は、「食べ物は買う物で、飢え死にしないためにはお金を稼ぐしかない」→「そのためには会社で働くしかない」→「会社で働くには都会にいるしかない」→「都会の家賃は高いからお金を稼ぐしかない」…という考え方のループにハマっていました。しかし、自分で食べ物を作ることで(もちろん全てを賄えているわけではありませんが)、そのループの一歩先を、少し視野を広げて見られるようになりました。「何があっても自分で育てた米と野菜、味噌があれば最低限の飢え死にはしない」と思えることで、安心感を得るとともに何かに挑戦するときや決断する場合にも自信をもって取り組めるようになりました。フリーランスで働くことへの不安もなくなりました。
その他に、移住して変わったことや生活習慣などはありますか?
こちらは車社会なので、都会にいた頃よりも運動不足になりがちだなと思います。こちらに来てからプールに通いだしたほどです(笑)。都会だと通勤や取引先への電車移動など、実はかなり歩かされてるんですよね。あと、外食に出かけるにも車が必要なので外でお酒を飲まなくなりました。また、おしゃれをして出かける機会も減ったので、衣服への出費が減りました。しなくなったことが増えた一方で、農繁期は東京の友人達にも声をかけて、農作業を手伝ってもらっています。友人や地域の人たちと作業しているときが本当に楽しくて、充実しているなあと感じます。いま振り返ると、東京で忙しくしていた頃はこういう豊かな時間を失っていたんじゃないかなと思います。
クマガエさん
1981年大阪府生まれ、半農半漫画原作者、編集者。東京での漫画編集者生活を経て退社。現在は都会と田舎のはざまで田んぼと畑の世話をしながら、実体験をもとに“がんばらない田舎暮らし”を執筆中。「異世界」=「農、土、発酵、循環、地方移住など、現代の都市生活とは別のレイヤーを通して見る世界」を描いている。