栗山英樹さん
スペシャルインタビュー vol.2
移住した栗山町が、新たな夢を育むふるさとになった
自然がそばにあるのは素敵なこと
北海道の自然はことのほか厳しい。冬の朝、マイナス15度ぐらいになって、ストーブが消えていると、「生きていられるのか」と思うほど寒い。水道は凍って出なくなることも普通に起きる。吹雪くと周りが全く見えない。腰ぐらいまでしか積もっていなくても、頭の高さまで積もっているのかと錯覚する。車の運転はもちろん、外を歩くこともできなくなってしまう。
最近は、熊も出るようになった。「栗山町は熊が出ないというのも、ここに決めた理由のひとつなんですが、このごろは川を下ってくるんです。近くで目撃情報があると聞くと、家に帰る時、大声を出しながら帰ります。『オーイ、クマァー』、『クマァー、いるかー』って。冗談じゃなくて。夜中、1人なので、結構、怖いですよ」
しかし、それを面白がれば気持ちに余裕が生まれる。雪に閉ざされて外に出られなくても、机に向かって何かを書いたり、本を読んだり、時には絵を描いたり、彫り物をしたりして過ごすこともある。「閉じ込められる感じが、とても好き。本を読む環境としては最高です」という。「面白いですよ、自然のなかにいるって。いろんなことが起こるので。われわれの生活は、あまりにも便利になりすぎてしまっている。人間、もっと考えなきゃいけないのに、考えなくなっちゃう。こういう環境の方がものを考えるし、体も動かすし、元気でいられる。無難に何となく淡々とっていうのは、僕には刺激がないかもしれないなって思います」
移住は、それまでとは違う環境で生活するということ。特に自然に抱かれて生活することは、とても意味があることだと栗山さんは言う。「人間が生きていく術とか、ものを考える手順とか、すべて自然が教えてくれる。春の次には夏が来る。自然はウソをつかない。自然がそばにあると、物事を考えるうえですごく参考になります。こういうところにいると、人がどう生きるべきかみたいなことをむちゃくちゃ考えます。自然がそばにあるって、とても素敵なことだと思います」
「監督」という名前の普通のおじさん
栗山町に生活の本拠を移してから10年以上がたつ。「もう、移住した、という感覚は全くありません。移住は終わったというか。周りも『もともと栗山町の人だよね』っていう感じなんです。本当にいい形で溶け込ませてもらっていると思います」
町では、喫茶店にもコンビニにも、生活の一部として行く。WBCの優勝報告にジャージと長靴姿で現れたことがニュースになったが、「長靴は(普段から履いていて)ごく自然なこと。虫にかまれるし、足元がぐちゃぐちゃになることもあるから。むしろ履かない方がおかしいぐらい」と事もなげに言う。
スーパーで買い物をしていると、子どもたちから「あ、監督」と声をかけられる。「ラーメン屋さんで、隣で食べていても皆さん普通ですし。呼び方が『監督』というだけで、普通のおじさんなんです。栗山町だと、本当に普通に生活できますね」。自分にとって地元の人たちは大切な「仲間」で、自らは「そこの一員」だと思っている。
バランスを取って「いい距離感」を保つ
だが、付き合いが長くなった今だからこそ、コミュニケーションには気を使って、より丁寧にやっているという。それは、付き合いを長く続けるための秘けつでもある。
「地域で生活するうえで、一番大事なのは、やはり、地元の方とのお付き合いだと思います。地域のやり方を、そのまま真似しようとしても、うまくはいきません。相手の話を聞いて、なるべくそれに気持ちを寄せていきながら、自分のことを理解してもらう。すると、相手もこちらに寄って来てくれる。それがうまくいかないと、孤立しちゃいます」
しかし、良好な関係を何年も続けるのは簡単なことではない。「人は慣れてくると、近くにいる人に対して我(が)を出してしまう。愛情が深くなればなるほど、お互いが近くなり過ぎてしまうのと同じです。それぞれがコントロールできれば、うまくいくはずなんですが」。NOを言うべき時は、相手の気分が悪くならないように言う。一方で、必要な時は嫌だなと思っても人のために尽くす。そのバランスをうまく取って、「いい距離感」が保てるところまでいけば、移住はうまくいくと、自らの経験からアドバイスする。
自然が厳しいほど、助け合える「いい関係」が大事
そうした人と人との関係は、特に自然が厳しい地方での移住では、別の意味を持ってくるのだという。「都心から離れるほど、みんなが協力し合わないと生活できない場所が多くなります。そうしたところでは、人の温かみとか人の良さがものすごく重要になってくると思います。苦しい時って、人の優しさとか思いが、一番、身に染みるんです。感謝も生まれますし」。北海道では昔ほど雪は降らないというが、ドカ雪が降った時には除雪が間に合わない。そんな時も「ちょっと、来て」と仲間に声を掛けると、すぐに雪下ろしに駆けつけてくれる。
頭でわかっていても、行動することに意味がある
移住を考えている人へ言いたいのは、「簡単に、『行くぞ』って意気込まない方がいい。何となく憧れだけで飛びつくのもやめた方がいい」ということ。天候などの自然環境もそうだが、生活するうえでまず確認しておくべきことがいくつかあるという。「まず、病院。お子さんがいれば学校。あとは交通の便。年を取った時に自分で移動ができるのかも考えておかないと」。地元の人たちとの付き合いは、「いろいろと心掛けておいた方がいいことはありますが、最低限の隣近所の付き合いさえちゃんとできれば、普通にみんな受け入れてくれると僕は思っています」。ただし、頭で分かっていても行動に移せなければ意味がない。例えば、挨拶。ちょっとしたことだが、やらないといけないと思ったら、毎日、実行し続けることが大切だという。
また、実際に移住してみると、考えていたのとは違うと思うことが出てくる。だが、それも面白がって、楽しんでみてはどうかという。「これは違うなと思うことが絶対にあります。でも、それはラッキーだと思ってください。だって、思っていたのと違うことを体験するのも移住なんですから。面倒くさいな、大変だなと思うことがあっても、振り返ってみると面白かったりするんです」
移住は覚悟が必要。だが、あとは面白くて仕方なくなる
最近、ファームに小さな図書館をつくった。蔵書を納める図書館を持つのは昔からの夢だった。「いつか僕が死んだ時、この図書館と球場は子どもたちに残しておきたいと思っています」と話し、できるだけ長く子どもたちが球場を使い続けられる方法を考え始めている。また、生活の場についても、今よりもっと自然の中へ入り込んだところに移れないかと、山の中の土地を探しに行ったりもしている。
球場をつくりたいという自身の夢をかなえたところからスタートした移住だが、やりたいことや夢は、まだまだある。「移住は覚悟しないとできません。最初は覚悟してください。でも、それができれば、あとは面白くて仕方がないです。大変なこともありますけど、夢があるんだったら動いちゃいましょう」
2023年12月11日(月)取材
栗山英樹さん
創価高校、東京学芸大学からドラフト外で1984年にヤクルト入団。好守の外野手として活躍し、ゴールデン・グラブ賞も受賞。1990年に現役を引退した。スポーツキャスターや大学教授を経て、2012年から10シーズン、日本ハムの監督を務めた。大谷翔平(現エンゼルス)を二刀流のプレーヤーとして育てるなど、既成概念にとらわれない柔軟な発想で、リーグ優勝2回、日本一1回。2016年に正力松太郎賞と最優秀監督賞を受賞した。22年からは侍ジャパンの監督に就任。また、新設された日本ハムのプロフェッサーにも就任した。